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藤子不二雄Ⓐ先生×吉田豪「藤子不二雄Ⓐ展 -Ⓐの変コレクション-」開催記念ロングインタビュー!!

藤子不二雄Ⓐ先生×吉田豪「藤子不二雄Ⓐ展 -Ⓐの変コレクション-」開催記念ロングインタビュー!!

――小学館はやりやすかった(笑)。

藤子Ⓐ:やりやすいよ! もちろん事前のチェックもないまま僕らは描いていって、「おもしろいおもしろい!」って言ってもらって。やっぱり「おもしろい」って言われるとうれしいから一生懸命描いて。

――藤子Ⓐ先生流のアドリブでも、なんの問題もなく。

藤子Ⓐ:全然なんの問題もない。

――結果的にそれで小学館とのつながりが深くなっていくわけですね。

藤子Ⓐ:手塚先生がデビューして漫画がブームになって、今日まで何十年になるのかな? 漫画の創成期のときは各社からいっぱい雑誌が出てきて、僕は『少年画報』から『キング』『チャンピオン』『漫画サンデー』に『冒険王』と、ありとあらゆる雑誌に描いてた。

――先生はいろいろとチャレンジしたくなっちゃう方なんですね。

藤子Ⓐ:そう。僕はいろんなものにチャレンジしたくなる。だから逆にここまで持ったと思う。今回の展覧会でも、あれが仮に僕が1本とか2本の代表作の、『忍者ハットリくん』『怪物くん』だけの作家だったらああいう展覧会は開かれなかったと思う。いろんなジャンルに挑戦して描いたことが、ああいうふうにいろんなコーナーを作ってもらえることにつながって、よかったなと思う。

――それはすごくわかります。

藤子Ⓐ:いろんなジャンルと言えば、僕にはだんだん子ども向け作品を描いてるのがつらくなった時期があってね。30歳ぐらいからいろいろつき合いが広がって、ゴルフやったり酒を飲んだりしてると、だんだん純粋じゃなくなるというか……。

――大人の世界を知って(笑)。

藤子Ⓐ:純粋じゃなきゃ子供心が描けないわけです。技術だけでは描ける。ところが本気になって描けない。読者っていうのは真剣になって読むからバレるはず。それは嫌だなと思い始めたときに、非常にタイミングがよく『ビッグコミック』が創刊されて、「何か描いてくれ」って言われてね。僕はその前から推理小説なんだけどちょっとズレた、江戸川乱歩が書く奇妙な味の小説をすごく大好きで読んでたから、こういう世界を漫画にできないかなと思ったとき、『ビッグ』のね……『コロコロ』なのに『ビッグ』の話をして申し訳ないんだけど(笑)。

――全然問題ないです!

藤子Ⓐ:それをやろうと思って『黒イせぇるすまん』を描いたとき、この線があるなと思って、それで転身したんです。そういう時代の流れと雑誌というものが微妙に絡んでくるわけで、いくら僕らがこういう漫画を描こうと思っても、ちゃんとした発表の舞台の雑誌がないとそういう漫画は成立しない。『コロコロ』であれば『コロコロ』に合ったそういう漫画が描けるわけだし、『ビッグ』があれば『ビッグ』に合った漫画が描ける。そういう意味では非常に僕は運がいいというか、自分が迷ったときにそういう雑誌とか媒体に僕が描けるような舞台を提供してもらえるっていうことは非常にラッキーだと思うんです。運で今日まで生きてきた感じ。僕はギャンブルも大好きでね、ギャンブルは日常から離れた場所じゃないですか。そういうのは漫画の題材になるんですよ。それをやる人の心理とか。ゴルフもそうですけど。

――『プロゴルファー猿』も賭けゴルフの話と言えるわけですけど(笑)。

▲「プロゴルファー猿」(藤子不二雄Ⓐデジタルセレクション1巻表紙)

藤子Ⓐ:賭けじゃない、賞金稼ぎだよ(笑)。あれは『週刊少年サンデー』で描いてくれって言われて、僕はあの頃ゴルフに没頭しててね。ゴルフっていうのはドライバーで300ヤード飛ばす、パターで何十ヤードも一発で入れるっていうのは誰でもわかるだろうから、ゴルフ漫画で新作を描くって言って。僕はそれまで自分が「こう描く」って言って編集に反対されたことがない。そしたら初めて反対されて、「いや先生、野球漫画が全盛のときに、まだ大人もゴルフやってないのに少年誌でゴルフ漫画なんてとんでもない!」って言われたわけ。

――なんでも受け入れてくれるはずの小学館が止めた(笑)。

藤子Ⓐ:初めてだよ、反対されたの! それでビックリして。それじゃあ付加価値をつけよう、と。あの頃、子供たちが小遣いを遣わないで貯金するという習慣があって。それで「賞金を稼ぐプロにしたらどうか」って言ってね。最初は読み切りで描いたら、えらい人気が出て、それから連載になった。タイミングが非常によかったね。日本でゴルフを漫画にしたのは僕が初めてだと思うんだけど、誰も評価してくれない(笑)。

――してますよ! ましてや少年漫画でゴルフを題材にしたのは相当画期的なことですよね。いろんなことを開発されてきた方だと思いますよ。コピーを使った漫画の表現なんかも早かったです。

藤子Ⓐ:ああいうのはたまたま、(藤子スタジオの)隣のビルでスタジオ・ゼロっていう会社作って、小池さんのモデルの鈴木伸一氏が始めてね、石ノ森章太郎氏と赤塚不二夫氏と藤本氏とつのだじろう氏と僕で会社を作ろうって言って、あそこにアニメの会社を作ったらコピー機があって。写真を乗せると中間色が飛んで黒と白になるわけ。これはイケると思って、それこそ『毛沢東伝』とか、『怪物くん』ではオオカミ男がギャグで出てきて、1コマだけリアルなオオカミでバーンと出ると迫力が出るじゃないですか。そういう効果で使い始めたんですよ。

▲「毛沢東伝」(藤子不二雄Ⓐデジタルセレクション表紙)

▲Ⓐ先生が編み出した、コピー機を大胆に活用した効果

――すごい効果的でしたよね。

藤子Ⓐ:わりとね。『プロゴルファー猿』のゴルフボールも、コピーしながらボールをずらすと細くなったりして、それをバーンと飛ばしてね。「グニャニャ」とかね、そういう音響効果の音も入れたのは僕が最初だと思う。いまでは当たり前になっちゃったけど、そういう発明をいろいろしてるんだけど誰も認めてくれない。

――認めてますよ!

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