異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」 1-3 ~ロジカル・デュエマ 下~

By 神結

 12月24日。午後17時30分。
 クリスマス・イブということもあり、街は当然ながらクリスマスムードが漂っていた。
 そんな華やかな街の中心に、会場はある。

 グランディEXホールと呼ばれるこの大型イベント施設が、本日の――本年の全国大会の会場だ。
 クリスマス模様の電飾を施された会場で雌雄を決する者たちの姿は、一段と眩しく映っている。
 
 そんな晴れがましい舞台もいよいよ大詰め。
 決勝にたどり着いた二名の選手が、いよいよ壇上へと姿を現した。
 
 一人は天下に覇を唱えんとする男、帝王
 全国大会に集まる精鋭たちの中でも、彼の強さは際立っていた。予選を当然のように全勝で突破すると、準々決勝も危なげなく勝利を収め、そして準決勝では高梨名人と相対した。
 
 序盤は帝王のロジカル・デュエマを相当に研究したであろう高梨名人が、その対策の成果を発揮。じわりじわりとリードを広げていた。しかし中盤以降でゲームは急転直下の結末を迎える。

▲十王篇 第3弾「幻龍×凶襲 ゲンムエンペラー!!!」収録、《∞龍 ゲンムエンペラー》

 
 彼の切り札である《∞龍 ゲンムエンペラー》が姿を見せると、帝王のロジカルは一気に攻勢を強めた。
 ゲンムエンペラーの持つ無限の概念が、彼に乗り移ったのだろうか。高梨名人の序盤のロジカルの瑕疵――とも言えないようなごくごく小さな傷を執拗に突き立て、傷口を広げ、塩を塗り込むかのような徹底っぷりを見せる。
 
 高梨名人も応戦していったものの、一度この展開になってしまうとロジカルの主導権は帝王のもの。

「《∞龍 ゲンムエンペラー》が持つのは無限大とも言える無の概念だ。かの龍の前では、物理法則も、世界の真理さえも消え失せる。その矮小な持論を引っ込めたまえ」
 
 最後の言葉は傲慢さと不遜さが垣間見えるが、彼は帝王なのだ。むしろその名に相応しい。彼だからこそ許される理論で、高梨名人を屈服させて決勝にやってきたのである。
 
 対する森燃イオナは、今シーズン突如現れたシンデレラボーイだ。
 半年前、彼のDMPポイントは0だった。CSに出てすらなかった。
 だが、その後半年のデュエマを引っ張ってきたのはイオナをおいて他にいないだろう。その裏に凄まじい練習量があったことは想像するに容易だが、遠征や大型大会などへの参加を経て着実に力を伸ばしていき、そして地区予選では見事優勝。気付けばDMPランキングでもTOP10に入り込むなど堂々たる成績で、全国大会への切符を手にした。
 
 その勢いはこの全国大会でも健在で、初顔合わせも多いであろう全国各地の強豪たちを相手に堂々の戦いを繰り広げた。
 準決勝ではマッハファイター鹿島との時間制限ギリギリの激闘を制し、最終決戦へと駒を進めた。
 
「彼には勝たねばならない。因縁がある」
 
 決勝を前に、そう話したイオナ。決勝への並々ならぬ思いがあった。
 
 『無敗の”覇王”』帝王か、『シンデレラボーイ』イオナか
 
 いよいよ戦いの幕は切って落とされる。

(『全国大会20th決勝 帝王 vs 森燃イオナ』カバレージより引用)

          †
 
 時は遡って、ちょうど全国大会の参加が確定した頃。

 いつものようにマナとファミレスでデュエマトークをしていたところに、”奴”は来た。
 
「げっ、帝王……」
「……さん」

 マナは凄まじく苦い顔をしていたが、恐らく僕も同じような顔だったのだろう。

「私が認める相手と全国大会で戦えるのは嬉しい。だからせっかくなので祝福を、と思ってね」

 絶対に嘘である。
 
「……帝王さんからそう言っていただけるなんて、光栄ですね」
「ははは、やめたまえ。そんなこと微塵も思ってないと顔に書いてあるぞ」
「それはお互い様なのでは」
「祝福、は別に嘘ではないよ。全国大会で戦えることを楽しみにしている」
「で、本題は?」
「ふむ、やはり私は歓迎されていないか。用件をさっさと言いたまえ、と。まあそう焦るな」

 帝王は勝手にマナの横に座ると、悠々とスマホを弄り始めた。
 確かこの人、自分より結構年上なんだよな。いまは動画配信者一本だったはずだけど、社会人時代とかもこんな感じだったのかな。 
「私の配信を見てくれたことはあるか?」
「……この競技をやってて帝王さんの配信を一回も見たことない人なんて、そうそういないんじゃないですか」
「そうかそうか。じゃあ私がいつも配信の冒頭に言っていることも知ってはいるな?」
世界の真理を、というやつ?」
「なんだ、随分詳しいじゃないか。配信者としては礼を言いたいくらいだ」

 そう言うと、彼はスマホを置いてこちらにじっと視線を向けた。ちなみにいつの間にかは知らないが、マナは自席を離れてなぜか自分の隣に座っている。
 
「そう、遂に時が来たから計画を実行に移そうと思ってね。一応その報告はしておくべきだろうと思ってここに来たんだ」
「計画……?」
「そう。世界の真理を変えてしまおうという計画

 わけがわからないことを言っているが、彼は至って真剣だ。
 
「君ならとっくに気付いていると思っているが、私は正論と真理が嫌いでね。だからロジカル・デュエマの力でそれを覆してしまおうと考えているんだ」

 何を言っているのかさっぱりわからない。だが、何か強い信念をもって、大真面目に言っているのだけは伝わる。
 
「例えて言うならば、私が普段から言ってる『人間は空を飛べない』という奴だ。物理学的に飛べない理由はわかっているし、検証も容易だ。でも私はそれが嫌でね。望めば人間だって空を飛べてもいいと思うんだ。だから私は、世界をそういう風に作り替えたい。帝王たる私が、ね。ロジカル・デュエマの力があれば、それができる」
「ホントにそんなことができるの? しかもデュエマで?」

 冷静に考えなくても、本当に言っていることはかなり無茶苦茶なのだ。
 
「できるか? の問いに答えるならばイエスだ。ロジカル・デュエマの持つ無限の可能性と深さ、そしてもう一つの不確定要素を”装置”に食わせることによって、これは実現出来る。言うならば、ロジカル・デュエマを現実に反映するんだよ。人が何かを望み、そしてその理屈を説明できるのならば、世界の真理が変えられるようになる」
「いや、無理だろ」
「否、できるんだ。ここに議論の余地はない。事実、可能だからだ」

 どうやらこの男は、可否の話をしたいわけではないらしい。

「……で、その妙な話をどうして僕にするんですか?」
「そう、そこなんだよ。今日の本題は」

 帝王は小さく笑むと、僕に話を持ちかけるように囁く。
 
「可能と言ったが、一つ条件があるんだ。それが全国大会での優勝だ。大観衆の前で最高峰のロジカル・デュエマをすることで思念の力を増大させ、そしてその思念は優勝プロモという具象化された形として生まれる。それが最後のパーツだ。それを手にすることで、私の計画は完成する」

 だからだね、と彼は話を続けた。

「協力してもらおうと思ってね。君にもそれなりに真理を変えたい動機があるはずだから」
「真理を曲げたい、なんて思ったことなど一度もないが」

 自分がロジカルに敗れることがあっても、真理は絶対だ。むしろ真理が曲がってしまったら、ロジカルする意味など存在しないのだ。

「ほーん。ないか。そう断言するか。つまりは“元の世界に帰る”ようになりたいと思ったこともない、ってことでいいんだな?」
「…………」

 “元の世界”。
 彼は確かにそう言った。
 流石に身震いした。この男は、何かを知っている。
 となると、さっきの突拍子のない話も、あながち否定できない。
 
 僕の表情の変化に気付き、帝王はにやっと笑った。そして変化に気付いたのは帝王だけではなく、マナもそうだった。
 
「イオナさん、この男は詐欺師と変わりありません。何を言っているのかはさっぱりですが、どうせ良からぬことを企んでいるに決まってます。わけのわからない提案を飲んではいけません」
「…………」
「イオナ、さん?」
 
 一度深呼吸をした。
 帝王と、マナの顔をそれぞれもう一度見回す。
 
 大きく、息を吐いた。
 
「だとしても、断りますよ。元の世界? 何を言っているんですか。マナ、今日はもう帰ろう」
「そうか、そういう結論を出すのか。残念だ。君が天涯孤独の身を受け入れてまでこの世界に残りたいと願っているのなら、それはそれで幸せなことかもしれないがね」
「…………」
「とにかく提案は失敗、と。まぁ、計画に君は別に必要ないからそこはいい。一番私の邪魔をされそうな男が君だったからこうして話をしてみたのだが……。乗らないというなら、話はこれで終わりだ。私は全国大会で優勝する。それでそもそもの話が済むからね」
 
 じゃあ私は退散するよ、と言って彼は店を出て行ってしまった。
 思わず、大きな溜め息が漏れてしまった。
 
「イオナさん、彼の話って信用できます?」
「信用はできないけど、別に嘘は吐いてないような気がする」
「それはイオナさんが……いや、まぁそれはいいです」

 マナは自身のオムライスに相変わらず信じられない量のタバスコをかけながら、少し思い詰めたような顔をしていた。
 
「いずれにせよ、彼の優勝を阻ばなきゃいけない、ということでいいですよね?」
「まあそうなる。調整、練習は手伝ってくれると嬉しい」
「それはもちろん」

 マナは真っ赤に染まったオムライスを口に運んだ。当然のように涼しい顔をしている。

「ところでイオナさん、前から一つ訊きたかったことがあるんですよ」
「……僕の出自の話?」
「まぁ、そうなります。まぁ、気になる言葉があったので」

 恐らく、これまでにも何度か違和感を覚えたシーンはあったのだろう。だがそれをいままで、表には決して出さなかった。その点は感謝しなければいけない。
 
「イオナさん。私たちの仲です。そろそろ私を信用してくれても、話をしてくれてもいい頃なんじゃ、と期待しています」
「……マナ、僕のこれから話すことは」
「ええ、わかります。わかっていますよ」

          †

 優勝を賭けた魂の一戦は、意外なことに静かな立ち上がりからスタートした。まず単純に、口数が少ない。まるで決められた棋譜をなぞるかのように、互いの手が進んでいく。
 互いに、互いのデッキは研究済みなのだろう。
 
 イオナのデッキは《悪魔神ドルバロム》や《聖霊王アルファディオス》、《悪魔神王バルカディアス》といった強力なロッククリーチャーないし大型破壊クリーチャーによって相手のロジカル諸共を封殺・圧殺するのが目的のデッキだ。序盤はブロッカーの強さなり、取り回しの利く除去の優秀さなりを主張していくことになる。
 
 一方、帝王のデッキの切り札は《∞龍 ゲンムエンペラー》だ。
 単体として強大なクリーチャーでありながら、こちらはムゲンクライムという特殊な効果によって前のターンに使ったゲンムエンペラーを、続くターンでも使いながらロジカルすることが可能なデッキとなっている。文字通り、勝つまで”無限に”出てくるのだ。一度ゲンムエンペラーを出せるような形になれば、そうそう負けるようなことはない。
 こちらは序盤はバウンス、除去による妨害、失点覚悟の手札交換などを繰り返しながらいかに早くムゲンクライムを使えるように持っていくかが鍵となっている。
 
 速度的に言えば帝王のデッキの《∞龍 ゲンムエンペラー》が着地できるようになるのが早い。
 しかしイオナ側にも《∞龍 ゲンムエンペラー》のムゲンクライムそのものを防ぐ《聖霊王アルファディオス》という駒がある。こちらは《神聖の精霊アルカ・キッド》で踏み倒すことも可能となっており、必ずしも速度負けするわけではない。
 
 結局のところ、いかに失点を抑えながら手札に有効なカードをかき集めるかが鍵となる。
 
 さて、互いに2枚ずつシールドを失ったところで、いよいよ本格的なロジカルが始まった。
 帝王は《∞龍 ゲンムエンペラー》の着地を進めるべく、《堕呪 ゴンパドゥ》などの複数の呪文の使用を宣言。これに対して、イオナも《ジャミング・チャフ》で応じる。

▲双極篇 第1弾「轟快!! ジョラゴンGo Fight!!」収録、《奇石 ミクセル/ジャミング・チャフ》
▲双極篇 第4弾「超決戦!バラギアラ!!無敵オラオラ輪廻∞」収録、《堕呪 ゴンパドゥ》

 
 だが、そこは帝王。

帝王「ジャミングやチャフといった言葉はレーダー電波のようなもの。魔導具は見ての通りロートルで原始的な道具であるから、ハイテクな妨害であるチャフは受けつけない」

 最終的にこの主張が認められ、帝王がここで少しリードを広げる。

 対してイオナも続く展開で動きを見せる。
 彼の提示したカードは《太陽の精霊龍 ルルフェンズ》
 帝王としては、ここで対抗することも可能だったが、ここで貴重なカードを吐かされて後から《聖霊龍王 アルカディアスD》のようなカードでも出てくると厄介と判断したのだろう。追加のカードを切ることなく素直に失点を受け入れる。
 
 鍔迫り合いが続く中、いつ互いにビッグアクションを提示しても許されるような状況。
 帝王が提示したのは《罪無 ジョイダム垓》《罪無 ウォダラ垓》だった。
 これにイオナは考える。手札にはキープしたいカードが多いのか、あまり動きたくはなさそうだったが、熟慮の末に提示したのはなんと《天使と悪魔の墳墓》

▲「キング・オブ・デュエルロード ストロング7」収録、《天使と悪魔の墳墓》

帝王「これはどういう意図?」
イオナ「さぁ。お好きに解釈していただいてどうぞ」

 後から聞くところによると、「理屈上《ジャミング・チャフ》をこちらにとっておくべきだったと思って、失敗して困ってた。小型のムゲンクライム系のカードを複数体宣言されるのが嫌で、実はそんなに深い意味はない。そういう意味では、いいハッタリだったのかもしれない」とのことだったのだ。
 果たして帝王は「天使と悪魔か……」と呟きながら、こちらも長考に沈んだ。結局追加のカードとしてムゲンクライム系のカードを提示することはなかった。ここで帝王もポイントを重ねる。
 
 とはいえ、互いに準備はほぼ整っていた。
 ここまで地味なやりとりが続いた分、爆発するときのターンは大きい。
 
 イオナが提示したのは、《神聖の精霊アルカ・キッド》と《ホーリー・スパーク》。このデッキの切り札的な動きだ。
 対して、帝王も同等と《虚数転生》、そして《∞龍 ゲンムエンペラー》の提示で対抗する。
 
イオナ「《神聖の精霊アルカ・キッド》と《ホーリー・スパーク》の効果で《聖霊王アルファディオス》を降臨させます。《∞龍 ゲンムエンペラー》は通りません」
帝王「このやりとり、前もやったなぁ」

 そして帝王は、隠し持っていた1枚のカードを提示する。
 それは……《悪魔の契約》

▲「マスターズ・クロニクル・パック 英雄決闘譚」収録、《聖霊王アルファディオス》
▲第4弾「闇騎士団の逆襲」収録、《悪魔の契約》

 
帝王「いかなる聖人であろうとも、悪魔の誘いをはねつけることなど難しい。聖霊王も、それは例外ではない」
イオナ「ええ、でしょうね」
 
 わずかにイオナの表情が緩んだように見えた。

イオナ「待ってましたよ、そのカードを

(『全国大会20th決勝 帝王 vs 森燃イオナ』カバレージより引用)

          †

「《悪魔の契約》……以前も使った対聖霊王の対策の切り札ですね」

 《聖霊王アルファディオス》を《悪魔の契約》によって堕天させる――この手法は、帝王が生み出した対聖霊王戦の切り札だ。
 そしてこの手を一度僕に対して使っている帝王は、僕の対策の一歩先を行く、いわば“対策の対策”を用意しているはず。
 口達者で神話や伝説などにも精通している彼に対して、付け焼刃のロジカルでは太刀打ちできないのは明白だった。恐らく、予想される反論をいくつもチャート化して、その反論に対する反論を無限通りに用意していることだろう。
 
 だとすれば、カードだ。
 カードであれば、この”対策の対策”を出し抜くことも可能。
 だから数多のデュエルマスターズのカードから、この状況を打破するカードを探し続けた。
 そして、ようやく見つけたのだ。
 
「帝王さん、いいでしょう。《悪魔の契約》、受け入れます」
「ほう? 何か秘策が用意していると思ったが、見込み違いだったかな?」
「いや、秘策はありますよ」

 僕は1枚のカードを提示した。

▲「デュエル・マスターズ」第1弾収録、《浄化の精霊ウルス》

 
「カードの追加の使用を宣言します。《浄化の精霊ウルス》を、ここへ」
「《浄化の精霊ウルス》?」
「デュエル・マスターズ第1弾のスーパーレアです。フレーバーテキストから察するに天界から地上に”舞い降りて”元々あった古代文明を”浄化”した存在である、と推測できますが……」

 僕はカードをトントンと2回叩いた。
 
「このウルスの浄化の効果を、僕の《聖霊王アルファディオス》に使用します
「!?」
「悪魔との契約によって魔聖へと堕ちた身は、浄化の力を経て再び聖霊王としての力を取り戻します」

 《聖霊王アルファディオス》が、再び光を放つ時が来る。

「なるほど、中々やるもんだ」

 帝王は手札から次のカードを切る。手にしたカードは《知識と流転と時空の決断》。ここが勝負所なのだから、出し惜しみはしないのだろう。

▲超天篇 第2弾「青きC.A.P.と漆黒の大卍罪」収録、《知識と流転と時空の決断》

 
「だとすれば、このウルスを先に退かしてしまえば、聖霊王には戻れない。”浄化”の力を使う前に、排除させてもらうよ」
「帝王さん、ご存じないのですか? “ウルスを倒すのは不可能だ”
「どういうことだ?」
「もう一度言います。”ウルスを倒すのは不可能だ”。何故かと言えば、“白凰がそう言ったからです”
「なに……?」
「帝王さん、貴方は偉大なプレイヤーです。ですが、さすがの帝王さんでも、白凰は別格なのではないでしょうか?」
 
 これも対策を考えるときに頭を悩ませた問題だった。どんなカードを使っても、後ろからそれを破壊されてしまうと元も子もない。
 であれば、対策カードそのものが破壊耐性を持っている必要がある。
 
 だからこその《浄化の精霊ウルス》だった。

「……ジャッジ、これは?」
「……有りですね、少なくとも明確な反論がないのなら」
「なるほど、承知した。ではこのロジカルは君の勝ちだ。だが《聖霊王アルファディオス》からの攻撃はこちらの《光牙忍ハヤブサマル》で受け止めるよ。そうなると、君のカードは《浄化の精霊ウルス》のみだ。私の残シールドは1だ」
「いや、違いますよ?」

 僕は再びウルスを指差す。
 
 このゲーム、僕の勝ちだ。デュエル・マスターズの女神が、僕の勝ちを望んでいる。
 
「帝王さんのシールドは残り0です。“ウルスはW・ブレイカー”だから
「お前、まだカードのテキストに魂を」
「縛られてはないですよ? だって、“白凰がそう言ったからです”

 『W、ブレイカー。』白凰のセリフは、正確にはこうだ。

「帝王さんはさっき白凰のロジカルで負けを認めています。だとすれば、このW・ブレイカーも有効となるはずです」
「……イオナ君、君は何故自分が生まれる前に掲載されていた話の内容まで知っているんだ?」
「デュエマプレイヤーなので……」

 ついに帝王のシールドがなくなった。
 
「だが聖霊王の危機は去った! 私はここでムゲンクライムを使って《∞龍 ゲンムエンペラー》をここに着地させる。まだ負けない。私は負けないぞ、イオナ君。この無限の力があれば」
「いや、勝負はつきました」

 僕は最後の切り札を示す。《悪魔神王バルカディアス》。より強大な”浄化”の力を持つカードを、バトルゾーンへ。

▲「スーパーレア100%パック」収録、《悪魔神王バルカディアス》

 
「以前、ムゲンクライムは無限の力だと。無限の再生能力を持つ、そう帝王さんは仰いました。全くもってその通りです。だから《悪魔神王バルカディアス》の刹那的な破壊ではいずれ無限の再生能力が上回るのだ、と」

 僕は大きく息を吐いた。
 
「ですが、いまの帝王さんはシールドはゼロ。一瞬でいいんですよ。一瞬でも、《悪魔神王バルカディアス》の力によって場が全滅したら? 《悪魔神王バルカディアス》の攻撃は、帝王さん。貴方に届きます。これが真理です」
「……なるほど、な」

 帝王は静かに手を置いた。

ゲーム勝者は、森燃イオナ!

 直後、一瞬の間を置いて会場からは拍手が巻き起こった。
 
 帝王はガックリと肩を落としたあとにこちらに目を向けると、苦笑いしながらゆっくりと手を叩いた。

          †
 
 漫画の話をするならば、白凰のウルスは《カオス・ストライク》によって破壊されるし、そもそも「破壊するのは不可能だ」と言っているのは場にブロッカーが2体もいたからだ。赤いデッキを使う切札勝舞のデッキではほとんど破壊は不可能だったのが、この台詞にある背景である。

 要するに、このロジカルは完全に初見殺しだ。
 
 だがイオナのデュエマに対する深い知識が、彼を助けたのは確かだった。帝王は様々な知識を武器のように使ったが、最後は足元を掬われた、といったことだろう。
 
 表彰式のイオナは口数が少なかった。一日を通して戦い続けたのだから、凄まじい疲労だったのだろう。
 
 それでも最後は凛々しい表情を見せて、「一つの夢が叶えられてよかったです。一緒に練習してくれたマナや、今日戦った選手の皆さん、そして決勝で戦った帝王さんには感謝します」と述べた。最後、帝王と握手を交わしたのも印象的だった。

 こうして、若き新王が誕生した。
 
 それは聖霊王や悪魔神といった強大な力に飲まれることなく、己を研鑽し続けた男の勝利でもあった。
 
 おめでとう! 森燃イオナ!

(『全国大会20th決勝 帝王 vs 森燃イオナ』カバレージより引用)

          †

 さて、全国大会の翌日のこと。いつものファミレスに、やっぱりマナといた。
 街は未だクリスマスムード一色だが、地元の団地に帰ってくるとやっぱりいつも通りの光景で、安心感を覚える。
 
「それで結局、世界の真理を変えてしまおうっていう『帝王計画』はどうなったんですか?」
「自分が最強だと思ってたけどそうではないと知ったから、まずは自分の実力を高める必要があると悟ったらしく、当分は延期らしいよ。『世の真理の欠陥を嘆くより、己の不足と向き合うべきだった』とかなんとか」

 実際のところ、帝王は昨日の負けに思うところがあったらしく、配信では「私は何故敗れ、何を学ぶべきなのか」を2時間に渡って視聴者と討論を交わしていた。ちなみに結論は「今日は早く寝よう」だったらしい。
 
「へぇ、なんかその辺りは変にストイックというか……」
「帝王学の人なんだよ、彼は。だから少なくとも帝王たる自分に落ち度が見つかったら、常に最善の王であろうとするための努力はする、ということらしい」
「ふぅん……」

 興味があるんだかないんだかいまいちわかりにくい反応だが、それはそれとしてマナはクリスマス限定メニューの七面鳥に信じられない量のマヨネーズをかけて美味しそうに食べている。この人、ケーキには何をかけるんだろう? 流石にそのまま食べるんだよな? 頼むからそうであってくれ。
 
 さて、これからの自分である。

 異世界に転生して、『ロジカル・デュエマ』に出会った。そして約半年間を掛けてスキルアップしていき、最後にはありがたいことに大舞台に立つことができた。
 
 『ロジカル・デュエマ』は不思議なデュエマだった。デュエマをテキストとしての理解だけでなく、背景的な知識や言葉のロジック、そして咄嗟の判断とディベート力。様々なスキルが求められるゲームだった。まさか漫画の知識が生きるとも思わなかったし、様々な知識が必要であることを知っていた帝王は、歴史を含めた学術的な知識を有していたように思う。まぁ、漫画だけは読んでなかったみたいだけど。
 もちろん、ゲームメイクや構築力といった、一般的なTCGに求められるスキルも必要だ。とりわけ、ハイランダーであるが故、そしてルールがルールだけに「そのカードを採用した理由」が強く求められる。この辺りは、自分が慣れ親しんでいたデュエマよりもシビアな部分かもしれない。
 ただし適当にストレージからとった40枚でもゲームは楽しめる、というのがこのゲームのいいところだと思う。勝ち負けが最初から決まっているわけではないのも良かった。絶対にバトルに勝てないはずのパワー差をロジカルでひっくり返して勝ったり、ロックを無理矢理こじ開けたりできる……というのはこのゲームの魅力だろう。
 
 まあそんなわけで、結果として様々なサポートもあって日本一になることができた。
 
「マナ、ありがとう。改めて感謝してる」
「え、なんですか突然。そう言われるとまあまあ照れますけど」

 マナはメニュー表のケーキの項目から目を離し、顔を上げる。
 
「まぁ私も知り合いはいても一緒にがっつりデュエマをできる人は上京してから一人もいなかったんで。だから、イオナさんに出会えてよかったと思ってますよ。イオナさんとやるデュエマ、楽しいですし」
 
 というわけでですね、とマナはいたずらっぽい笑顔を見せて言った。
 
来年は私が日本一になるんで。イオナさんは私のために頑張ってください」

 うん?
 
「いや、どういうこと?」
「だからイオナさんは私のために頑張るんです。今年は私が頑張ったので。イオナさんが頑張ってデッキ作って、イオナさんが頑張ってロジカルパターンを考えて、イオナさんが頑張って環境調査をして、私が勝ちます」
「いやいやいや、来年も僕が勝つけど?」
「ダメです。イオナさんは来年の日本一決定戦に私が出るために馬車馬のように使われるんです。いいじゃないですか、一回勝ったんだし」
「でもやっぱり連続して結果を残さないと、一発屋みたいな扱いになるじゃん」
「確かに。そう言われるのは嫌ですね」
「翌年も勝つのは勝者の宿命だから。というわけで、来年は決勝で会おう、マナ」
 
 まぁ、そういうことなら別にいいですよ、とマナは言った。
 彼女は注文していたケーキが届くと、すぐさまフォークを伸ばす。流石に何もかけないようで安心した。
 
「日本一の奢りで食べるケーキは美味しいですねえ」
「そんな約束だったっけ?」
「まぁ、いいじゃないですか。今日は、めでたい日なので。野暮ったいことはなしにしましょう」
 
 こうしてかけがえのない時間を残して、僕らの全国大会とクリスマスは過ぎていった。
 
 

 

 

 そしてその帰り道、僕はまたトラックに轢かれた。
 


(次回2-1へ続く)

神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemon

フリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。