TOP ニュース コロコロコミック500号記念企画!! コロコロコミック歴代編集長インタビュー 第4回 【1991〜1994】4代目編集長/黒川和彦
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コロコロコミック500号記念企画!! コロコロコミック歴代編集長インタビュー 第4回 【1991〜1994】4代目編集長/黒川和彦

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ひみつ道具のアイデアはF先生との会話の糸口

——黒川さんといえば、学年誌時代から『ドラえもん』の担当編集者だったこともコロコロにつながる重要トピックだと思います。藤子・F・不二雄先生との思い出を教えてください。
 
『小学三年生』版(※一年生〜六年生まで、各誌に担当がいた!)の担当を5年間、コロコロでは異動4年目から大長編ドラえもんの担当を務めていました。
 

 
最初の頃の思い出といえばですね、F先生って、とても寡黙(=物静か)な人なんです。初めての原稿依頼の時は、会話が続かなくて、緊張で固まってしまいました。それで、前任の先輩から「“ひみつ道具”のアイデアを持っていきなさい」とアドバイスを受けたので、実行しました。どうしてかと言うと、アイデアを持っていくと、先生が見て「これは前にやったな。……こっちはおもしろいね」という具合に●や▲を付けて、コメントをいただける。
 
要は、それが会話の糸口になるんです。だから、毎月原稿依頼に行く度に、3つくらいひみつ道具のアイデアをお見せしていました。道具名と効能を書いたレポートにして。
 
でも、こっちも考えるのが大変なわけです(笑)。余裕のない時は、流行歌からヒントをもらったりして、当時流行った『君のひとみは10000ボルト』という曲のタイトルをアイデアに使ったりね。「10000万ボルトのひとみ」という、曲名そのままの案は、“百万ボルトひとみ”というひみつ道具に先生がアレンジして使ってくれました(※“百万ボルトひとみ”を着けてまばたきすると、目が合った相手は百万ボルトの電圧がかかったように感激し、ひと目ぼれするというもの)。
 
——おぉーーー!! ほかにも採用されたアイデアはありますか?
 
“季節カンヅメ”というアイデアは、名前もそのままに使ってもらえました。春夏秋冬それぞれの缶詰があり、開けるとその季節に様変わりするというものです。あとは“昆虫操縦器”という案が“操虫桿(かん)”に化けたり、全部で10個くらいは採用されたのかな。読者の考えたアイデアでもそうだけれど、先生のアレンジする力がすごい。脱帽します。
 
ひみつ道具のアイデアを糸口に、先生とは個人的な話もできるようになっていきました。先生は映画がお好きだったので、「この映画の試写会に行きませんか」とお誘いして、さらに食事をしたり、作品のことを話したりもしました。担当編集者の役得ですね。
 

▲今も大人気の『ドラえもん』はコロコロの顔!

——自分のアイデアが『ドラえもん』のひみつ道具になるかもしれないだなんて、うらやましい限りです!
 
作家をバックアップする身として、編集者が何をすべきか、できるのかをF先生から学んだように思います。私にとっては、人生で初めて出会った漫画家の先生で、作家というよりも師匠のような感覚でいます。
 
いつも夜遅くまで机に向かって、ペンを動かしてですね。「一体、この情熱はどこから来るんだろう」と……。実は、私が編集長になった年の大長編は『ドラえもん のび太と雲の王国』だったんだけれど、4回連載したところで入院されて、大長編初の途中休載になりました。
 
体調の異変から、当時の学年誌の『ドラえもん』の連載は過去作を再掲載することになって、新しく描くという意味では、実質的な連載は大長編ドラだけだった。でも、先生は「コロコロは僕のホームグラウンドだから、力を入れてやるんだ」と仰ってくれてね。
 

▲記念すべきコロコロコミック第1号の表紙

——コロコロは『ドラえもん』をたくさん読みたい、という読者の声に応える形で生まれた雑誌ですからね。
 
そうなんだよね。命がけで漫画に打ち込む姿を見て、こんなすばらしい人と一緒に仕事ができて本当に幸せだと思いました。
 
コロコロはさ、よく「漫画・グラフ・イベント」の三位一体だと言われているでしょう? あれは、『ドラえもん』が形づくったと言っても過言ではないんです。漫画の連載だけでなく、ドラアニメやドラグッズのグラフページが数多く生まれました。さらに、1982年に開いた『コロコロまんがまつり』というイベントは、藤子不二雄先生の原画展のようなものでしたから。
 

 
——3代目編集長の平山さんに取材した時、黒川さんを次の編集長に選んだ理由を「コロコロの三位一体の展開を熟知しているから」と仰っていましたが、『ドラえもん』から学んだものだったんですね。
 
そうです。だから、コロコロの哲学というのは『ドラえもん』の中にあるんですよ。過去のインタビュー(※『コロコロ爆伝!!』(作:渋谷直角/飛鳥新社))でも同じことを話したけれど。
 
印象深いのが、私がコロコロコミックに異動することが決まって、『小学三年生』での最後の仕事として両先生のインタビュー取材をした時のことです。F先生が「コロコロコミックは僕のホームグラウンドです」と仰った。学年誌よりコロコロのほうが重要なのかと当時はショックを受けましたが、今思うに、先生は私の異動のことをすでに耳にしていて、私への励ましのこととしてそう表現されたのだろうと。先生なりのエールだったんです。
 
正直言うと、私が編集長になる頃は、ボンボンと部数が拮抗していて、編集長に任命された時は気が重かった。けれども、先生のそういった言葉の数々があったからこそ頑張れた。先生には、本当に頭が上がりません。


次回は5代目編集長の三浦卓嗣さん(1994〜1997年)が登場だ!! ミニ四駆・ポケモン・ハイパーヨーヨーの3大ブームで200万部を突破した当時のエピソードがバンバン飛び出すぞ!! 楽しみに待っていてくれよな!!!!
 
みんな、ここまで読んでくれてありがとう! 取材余話として、次のページからは「ソラえもん号」「ドラバルくん」「ミニ四駆」「ドラゴン拳」「初代編集長・千葉さんとの思い出」などの話が、てんこ盛りだ!!
 

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