異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」 18-1 ~クライマックス・デュエマ 上~

By 神結

・これまでの『異世界転生宣言 デュエルマスターズ「覇」』

 森燃イオナは、デュエル・マスターズの競技プレイヤーである。

 ある日大会に向かっていたところ、イオナはトラックに跳ねられて意識を失ってしまった。
 目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色の日常だった。

 だが大会へ向かうと、そこで行われていたデュエマはイオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった!
 あるときはテキストが20倍になったり、またあるときは古いカードほどコストが軽減されたり、またまたあるときはディベートによって勝負をすることもあったり……。

「まぁ、デュエマができるなら何でもいいか」

 それはホントにデュエマなのか? というのはさておき。

 これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。

 高森財閥の令嬢である高森麗子が、父から禁止されていることの一つとして、次のようなものがあった。

「いいか、麗子。鈴の――母さんのことを、探してはならないよ」
「…………」

 舐められたものだな、と麗子は思っていた。

 麗子の母が失踪したのは、約8年ほど前のことである。当時の麗子は7歳。幼かったとはいえ、ある程度の事情は知っているつもりだ。

 ……一応父の名誉のために言っておくと、別に父との不仲によって母は家を出たわけではない。失踪に関しては、父に原因があったわけではないのだ。

 では、何故父はそのようなことを言うのか。

「……っと、随分とまぁ散らかっておりますね」

 高森が持つ邸宅の一つ。ここはかつて、母が使っていた邸宅だった。そこに、麗子はいる。

 別に思い出に耽るためにここに来たわけではない。
 母――高森鈴は、研究者だった。だからこの別宅は、いわば母の研究拠点みたいなものである。

 そしてその研究というのが、母の失踪の原因に他ならなかった。

「これ、でしょうか」

 母が使っていたという机。これはほぼ当時のまま残されていた。”絶対に動かすな”というのは、母の言いつけだ。
 その机の上に置かれていた紙の束を、麗子は手に取った。

 それはメモのようだった。ただ、どちらかといえば書きかけの論文に近い。

「……『異なる世界の可能性に関する一考察』

 表題には、そのように書かれていた。

          †

 クリスマスも過ぎ、正月も一段落ついた今日この頃。皆様は、いかがお過ごしだろうか。

 森燃イオナはというと……久々に、トラックに跳ねられていた。身体は空を舞い、華麗に着地を決める――などということはできるはずもない。そのまま地面に叩きつけられる直前に、イオナは気を失った。

 勘弁してもらいたい。最悪の目覚めである。

 油断していた、と見る向きもある。最近は気を遣われていたのか、ずっと「ふと目を覚ましたら、異世界にいる」というパターンが続いていた。
 しかし今回は満を持して……と言うべきなのだろうか。異世界行きのトラックに、しっかりと跳ね飛ばされた。その瞬間は時間が止まったような気がして、そして気づけばこれである。

 ありがたいことに、痛みはない。しかし痛くないのも、それはそれで怖い。

 ひとまず、イオナは顔を上げて周囲を見渡した。どうやら、ここはどこかの建物の中のようだった。もちろん見慣れた天井ではないし、カードショップでもないようだった。しかし、何処かで見覚えもあった。

 意識が段々とはっきりしてきた。イオナの視界に広がっていたのは、テーブル、椅子、そして……メニュー表である。”旬の魚 お造り 時価”なんて書かれていた。

 そして自分の隣に座っている人物にも、見覚えがあった。

「イオナさん、キョロキョロするのはあまりお行儀がよろしいとは言えませんよ。プレーリードッグならまだしも」

 この少し皮肉っぽい話し方は、マナではない。

「……麗子か」

 隣に座っていたのは、高森麗子だった。高森財閥のご令嬢で、イオナより5歳ほど年下の少女だが、何かと大人っぽく振る舞おうとしている。イオナは事あるごとに、この子に下っ端っぽく使われていた。
 実際のところ、頭も回るし当然悪知恵も働く。かと思えば、年相応の言動もある。

 現状からわかることは、おそらく自分は麗子に呼び出されたのだろう。

 そして自分がどこにいるかも分かってきた。全体的なこの店の作りと雰囲気、そして麗子と来たとなると、一つしかない。

「久しぶりに来たな、『超料亭 馬寿羅』

 ちなみに、読みは”ちょうりょうてい ばじゅら”。名前の通り、料亭だった。店はそこまで大きいわけではない。カウンターの席が、6つほど横並びになっており、テーブル席が2つほど用意されている程度だった。

 この店は以前“グルメ・デュエマ”の際に、イオナがグランプリ優勝に向けて協力したお店であった。店を切り盛りしているのは、実沢シュウトという同い年の男だった。父を跡を継いで店の主となったものの、売上はしばらく下降。しかしグルメ・デュエマグランプリで優勝(正確には同時優勝だが)を果たしたことで話題となり、以降の売上は上向きと聞いている。

 カウンター席の中央に、イオナと麗子は並んでいた。他に客はいない。おそらく、麗子が貸し切って予約したのだろう。
 そして実沢はというと、調理の真っ只中にあった。どうやら、お造りを準備しているらしい。捌いた魚を、丁寧に盛りつけている。
 しかし、妙な気分になった。実沢の料理方法と言えば、カードを”具現化調理機”に突っ込んでイメージするというものしか見ていない。普通に料理をしている姿に、違和感がある。

「……グルメ・デュエマじゃないんですね」
「ぐるめ・でゅえま……?」

 麗子と実沢は、同時に首を傾げた。

「あ、いや。なんでもない」

 イオナは慌てて話を打ち切る。どうやら、ここはグルメ・デュエマの世界とは異なるらしい。やはり、初めて来る異世界なのだろう。グルメ・デュエマ以外の世界では当然、グルメ・デュエマが成立しない。

「はい、できたよ。旬の魚のお造りと、握りね」
「ええ、ありがとうございます」

 2人の前に、料理が運ばれた。麗子は丁寧にいただきますと挨拶をしてから、箸を手に取った。

 特に、なんでもない風景である。

 しかし「グルメ・デュエマの存在しない世界で、実沢とはどうやって知り合ったのか」という疑問は発生しているように思える。もっと言えば実沢だけでなく麗子についてもそうだし、極論を言えば帝王やマナだってそうだ。イオナの感覚で言えば、”この世界”の彼らとは初めましてになる。

 ただこれについては、「やってるデュエマは違えども、この世界でもグルメ・デュエマの世界と似たようなことが起こっており、そこで知り合ったのだろう」というようにイオナは考えていた。

 まぁ、自分が一方的に知っていて、彼らとの思い出もある中で、異世界に飛ばされる度に「初めまして」と挨拶して一から関係性を築くのは心の負担が大きい。どういう仕組みかは知らないが、そうでなくて本当に良かったと思っている。

 ただこの辺りについては、なるべく深くは考えないようにしていた。何か解決するわけではないし、異世界には異世界のデュエマがある。
 イオナとしては、環境に感謝しつつ、飛ばされた世界のデュエマにただ取り組み続けるしかない。

「それで麗子、今回は何の用件で呼んだの?」

 イオナは運ばれてきた鰤の刺身を一切れ、口へと運ぶ。時期的に旬だからだろう。脂がのっていて非常に美味しい。

「まぁまぁ、そんなに慌てなくてもいいじゃないですか。イオナさんとお会いしたのも久々ですし、どうでしょう。ゆっくりお料理をいただきながら、イオナの身の上話を聞かせていただく、というのは」
「身の上話?」
「噂は聞いていますよ、イオナさん。クリスマスの夜、マナちゃんにそれはそれはとても熱い想いをぶつけたらしいじゃないですか。ずっとふにゃふにゃしてたのに、ついに覚悟を決めたんですね」
「え、そうなの!?」

 何か口を挟む前に、実沢が話題に食いついてきた。
 ちなみにこれは実沢シュウトの取扱説明書だが、彼は一切の悪気なく、自然と、当たり前のように暴言を吐いてくる。

「あれ、実沢さんはご存知ないのですか? そう、それはクリスマスの夜。雪降る千代之台を二人で……」
「おー、やるようになったじゃん、イオナ」
「ええ、もうNEXTミラーで閣立ててターンエンドするイオナさんはいないんですよ」
「つまりこれは『2022年ベスト割れ鍋&綴じ蓋賞』も決まった、ということかな」
「できればもう一年早く受賞して欲しかったんですけどね」
「一応確認なんだけど、いま僕とマナめっちゃバカにされてます?」

 とにかく、とイオナは話を遮った。

「わざわざ店まで貸切にして呼んだということは、また面倒な頼みごとがあるんでしょ?」
「いやいや、面倒な頼みごとだなんて。私はイオナさんをパーティーにご招待しようと思っただけですよ」
「パーティー……?」

 途端に、嫌な予感がしてきた。

「ええ、そうです」

 そう言ってと、麗子は一冊のパンフレットを取り出した。パラパラと、イオナは軽く目を通していく。

「さつきこんちぇるとパーティー?」
「それ、皐月と書いて”こうづき”と読むんですよ。あとコンチェルトじゃなくてコンツェルンです。カード名に引っ張られないでくださいね」
「で、なんでパーティーなんかやるの? 何かの記念?」
「いえ、定期的にやってるだけですよ。毎年この時期に、皐月家の人が中心となって、本当に色んな人を招いてパーティーをしているんです」
「あー……もしかしてその皐月コンツェルンって、高森財閥と似たようなものだと思えばいい?」
「……まぁ、おおよそその通り理解していただいて構いません」

 麗子が一瞬だけ不愉快そうな顔をしたが、イオナはそこには触れないでおいた。
 ひとまず、パンフレットにあらかた目は通した。

「うん、別にパーティーとかそんなに行きたいという気にならないんだよね。全く興味ないとまでは言わないけど、面倒だなというのが強くて……ほら、ドレスコードとかそういうの。凄い面倒そうだし」

 だが麗子も簡単には引き下がらない。

「このパーティーですが、一般の家族連れの方とかもいらっしゃるので、そういったものは気にしていただかなくてOKですよ。いまのイオナさんの恰好で問題ありません」
「いや、でも……パーティーなぁ……なんでわざわざ?」
「これについては、もう少し詳細をお話しましょう。実はこのパーティーはですね」

 麗子は別なパンフレットを取り出した。こちらは白黒で、一枚の紙切れだった。

「パーティーの参加者の中で、デュエマをやるイベントがあるんですよ。イオナさんにはそれに参加して欲しくて」
「ふーん……でも、どうして?」
「人が集まったらデュエマが始まる。人の摂理です」
「麗子?」

 そんなものは通じないからな、と視線で釘を刺す。

「これ、別に”公式イベント”ではないんですよ。皐月は毎年、パーティーで人を集めて、非公式の大会をしているんです」
「何のために?」
「さぁ。これは私も本当にわかりません。わからないので、イオナさんに出て欲しいんですよ」

 なるほど。パーティーのことはよくわからないけど、まぁデュエマができるというなら、なんでもいいか。

「……とはならんからな」
「あらあら?」
「もう騙されないからな、高森麗子。今度は何を企んでいるんだ?」
「あら……これは私の日頃の行いなんでしょうか」

 麗子はわざとらしく頭を掻いていた。ただ、今回は本当に困っているようにも見えた。

「これは信じて欲しいんですけど、本当に何かを企んでいるわけではないんですよ。本来ならば私がパーティーに参加するべきなんでしょうけど、ちょっと無理でして。ですが、そのデュエマのイベントはどうしても勝って欲しくて。だからこうして、平身低頭してお願いしているというわけです」
「いや、どこが?」

 ちなみに、もちろん麗子に平身低頭している様子はない。美味しそうに寿司へと手を伸ばしていた。

「ダメ、ですか? こんなに姿勢を低くして懇願しているのに?」
「妙だな、認識に乖離があり過ぎる」
「え、私に土下座しろと? ごめんなさいマナちゃん、私はイオナさんの中に眠る嗜虐趣味を引き起こしてしまったみたいです……」
「無理があるだろ、その流れ」
「まぁ、それはともかく一旦読んでみて下さい」

 麗子は口元を抑えて笑いながら、先の紙切れを裏返した。そこにはイベントの詳細について書かれていた。

 どうやらパーティーのゲスト同士で対戦して、勝数を競うといったようなイベントらしく、優勝者には賞品もあるらしい。
 ちょっと面白そうだ。

「これ、優勝すればいいのか?」
「お、やる気になってくれたんですね。嬉しいです」

 まぁ、イベントのルールについてはいい。

 問題はルールの方である。
 ここは異世界、当然見たことも聞いたこともない言葉が書かれていた。

クライマックス・デュエマ?

 案内にはそう書かれていた。恐らく、この世界のデュエマなのだろう。
 ただ残念なことに、事細かなルールが載っていなかった。《CRYMAX ジャオウガ》でも投げ合うんだろうか?

▲王来MAX 最終弾「切札! マスターCRYMAX!!」収録、《CRYMAX ジャオウガ》

「麗子、クライマックス・デュエマってどんな感じなの?」
「どんな感じって……そんなご冗談を」
「いや、冗談じゃなくて。このクライマックス・デュエマって、どんなルールなの?」
「え? クライマックス・デュエマはクライマックス・デュエマですけど……?」
「…………」
「…………?」

 あぁ、そうか。そうなるのか。
 マズい。麗子が困っている。

 それはそうで、この世界では『クライマックス・デュエマ』と呼ばれるデュエマがおそらくごく普通のデュエマということになる。ということは、「1+1はなんで2なの?」くらいの質問をしてしまっているのだ。それは、麗子も困惑する。

 デュエマ強いです、で名の通ってる人が「デュエマって何?」って真顔で聞いてきたら、それはこういう反応にもなるだろう。

 いや、困った。

 こちらの事情を説明するのはかなり面倒で厄介だし、そもそも突然『実は僕は異世界転生をしていて……』なんて話しても、笑われるというより困惑が加速するだけだろう。

 となるとこれは、適当に話を流して後で調べて何とかするしか……。

「おっと、それはついては私から説明しましょうイオナさん」

 その時、店の入り口からだろう、よく聞き慣れた声音が耳に入った。
 やがて店の扉が開き、マナが入ってくる。

「お疲れ様です、イオナさん。どうもです麗子ちゃん、実沢さん。ご無沙汰しております」

 挨拶も手短に、マナはカードを取り出して説明を始める。

<クライマックス・デュエマ ルール解説>

コスト7以下のクリーチャー1体(相棒)を選び、バトルゾーンに出した状態でゲームを開始する
・相棒はターン開始前に既に場にいたクリーチャーとして扱う
・相棒クリーチャーはデッキに4枚入っているカードから選ばなくてはならない

 ふむ、なるほど。
 コスト7は確かに大きい。ゲーム開始時からクライマックス、ということでこの名前になったのだろうか。

「で、例えばこういうカードをゲームの最初から場に置いておくわけです」

 マナが手にしていたのは《未来王龍 モモキングJO》だった。

▲王来篇 第4弾「終末王龍大戦」収録、《未来王龍 モモキングJO》

「そして、あとはデュエマします」

 ……ん? 待って。ゲーム開始時に既にJOが場にいる?

「え、これじゃぁ先攻1ターン目からアルモモキャンベロとかできたりするの?」
「もちろん」

 マナが5枚引いた手札には、《アルカディアス・モモキング》《キャンベロ <レッゾ.Star>》がそれぞれあった。

▲王来篇 第2弾「禁時王の凶来」収録、《アルカディアス・モモキング》
▲王来篇 第3弾「禁断龍VS禁断竜」収録、《キャンベロ <レッゾ.Star>》

 これもしかして、先攻1ターン目でゲームが終わる系のデュエマか? 大怪獣デュエマとかでも後攻1ターン目はあったのに、ついに先攻1ターンで終わる時代が来たか?

「というわけでイオナさん、習うより慣れろです。私と勝負しましょう」
「じゃあイオナさん。パーティーの方はよろしくお願い致します。当日の活躍、楽しみに待っておりますね」
「待って、OKって返事したっけ?」
「イオナさん、ほら、行きますよカードショップ」

 ふと麗子の方を見ると、彼女は笑っていた。実沢は呆れた顔をしている。

 ……そういえばマナも麗子と同じ立場なはずなのに、どうして毎回毎回丁寧にルールを教えてくれるんだろうか?
 まぁ、いいか。マナって優しいんだろうな。

「待ってよ、マナ」

 イオナは、飛び出していくマナを慌てて追いかけた。

          †

「……随分と仲のよろしいことで」

 飛び出していく二人を、麗子は少し呆れたように見つめていた。イオナの皿に残っていた寿司を手に取り、口へと運ぶ。
 もっとも、麗子の今の関心は飛び出していった二人の関係性ではない。二人を冷やかすつもりもないし、割って入りたいというわけでもない。

 今日の会話で感じた……遡れば、以前から違和感を覚える瞬間はあった。

「なるほど。森燃イオナさん、私の予測が正しければ」

 それらがやや具体化したことに、麗子は少し満足していた。

「ともあれ、第一段階はクリアですね」

 麗子はようやくホッとした様子で、残る寿司へと手を伸ばした。

(クライマックス・デュエマ 中 に続く)

神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemon

フリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。

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