【京極夏彦×松本しげのぶ】水木しげる先生のまんがの技法と「妖怪」とは何か?【鬼太郎対談完全版第3回】

現在、別冊コロコロコミックで大人気連載中の『ゲゲゲの鬼太郎』のコミックス第1巻が、3月28日に発売したぞ!

商品概要
ゲゲゲの鬼太郎 1
原作:水木しげる
作者:松本しげのぶ
価格:591円+税
発売中
判型:B6版
ページ:128
詳細:https://www.shogakukan.co.jp/books/09143022

 
その中に収録されている、「京極夏彦×松本しげのぶ スペシャル妖怪対談」の完全版をコロコロオンラインで独占公開するぞ!
第3回は水木しげる先生ファンである京極先生、松本先生にそのすごさを語っていただきました。普通のまんが家ならとらないだろう数々の技法が、水木しげる妖怪の魅力を引き出していた。そして、日本、世界に広がる「妖怪」とはどのような存在なのかを語りあっていただきました。



 
京極:
鬼太郎を描くことにプレッシャーはなかったんですか?
 
松本:
「とんでもないものを引き受けた」と思いましたね。それで描き始めて水木先生のまんがを読み返しました。京極先生も全集で書かれていたんですけど、「水木先生は妖怪を描くときに、背景と一緒に妖怪を描く。それに気づいていた」と。
 
水木先生のまんがというのは、ただ背景を描くのではなくて写真をちゃんと起こした上で妖怪をのせているので、まんがの技法ではないんですよ。
 
京極:
いやぁ、まんがの技法としては異例でしょう。
 
松本:
僕は気づかなくて。やっぱりまんがを描いていると「まんがの背景」を描いてしまうんです。それは手塚先生や藤子先生もやっぱり「まんがの背景」を描いています。
 
京極:
そうでしょうね。当たり前だと思います。
 
松本:
そうなんです。僕もノリで描いていて「やっぱり無理だ」となりました。水木先生はその妖怪にあった背景を用意して、そこに妖怪をのせて、その上にさらに妖気や空気感をのせていることにやっと気づいたんです。
 
京極:
水木先生はネームができるとコマ割りをして、それからストックしてある様々な背景画を吟味するんです。作品や妖怪に合った「背景」を決めるところから始める。選ぶと、原稿に貼るんですね。アシスタントの人はその絵に合わせて次のコマの背景を描くんですよ。人物は水木先生が描きますけど。
 
だから、水木まんがの最初の作業は、背景を選んでバァンッと叩いて原稿に貼るところから始まるんですね。その音が聞こえると、アシスタントさんは「始まった!」となる。普通のまんがの現場では出ない音だから、初めて入ったアシスタントさんは「先生怒ってるんじゃないか?」と恐がったとか。
 
普通そんなことをしないですよね。ストーリーに必要な背景を描くだけじゃないですか。でも、水木さんの場合、背景で作品が変わることもあるくらいで、作り方が違うんです。そういうやり方のまんが家さんはたぶんいないでしょうね。
 
松本:
独特すぎですからね。背景は状況を伝える手段で合ったりするのが多いですから。
 
京極:
ほとんどの人は「キャラクターがいて、そのキャラクターがどこにいるのかをわからせるため」に背景があると考えるでしょうね。水木さんはまず空間があって、そこにどんなキャラクターを入れるのか、というところから入る。発想が逆なんですよ。
 
松本:
これはびっくりしました。描いていて初めて実感しましたね。
 

京極:
あと水木先生のまんがは「読むスピード感」が違うんです。例えば手塚先生の場合、「コマからコマへ移動することで動きを作る」んです。コマとコマの連続で、動画のようにキャラクターが動いている。水木さんの場合は「1つのコマの中で動かす」のが基本なんですよ。
 
文法が違うんです。手塚先生のまんがには「コマとコマの間の時間はない」じゃないですか。繋がっているから。水木さんの場合「コマとコマの間に時間差」がある。コマの中で時間が動いているんです。
 
松本:
それはすごくわかります。
 
京極:
ですよね。そもそも作り方が違うんです。でも、今の子どもたちはそういうまんがを読み慣れていない。手塚的手法のほうがなじむでしょう。これ、「手塚的なまんがに水木の鬼太郎を入れたらどうなるのか」という実験ですよね。そうすると、こうなるんだ、と。
 
松本:
そこまで読み込んでいただいているなんて! 嬉しいです。
 
京極:
松本さんのまんがは、水木先生とは違う文法で描かれているからこそ、僕は面白いと思ったわけです。水木先生の鬼太郎は、止まった時間の中にいるキャラクター。でも松本先生のまんがは動いている。「新しい鬼太郎の活躍の場ができたな」と思いましたね。
 
松本:
鬼太郎を動かすのも難しいです。
 
京極:
難しいですよね。鬼太郎、動かないでしょう?
 
松本:
そうなんですよ。喋るセリフとかも難しいです。普通のセリフを言っても鬼太郎じゃなくなっちゃうので、そこは開き直ってやってます。
 
京極:
むしろ、目玉のおやじのほうが描きやすくないですか? 目玉おやじは解説してくれるし。鬼太郎は性格が掴みにくいんですよね。
 
松本:
そうなんですよね。
 
京極:
だから、キャラとして動かすにしても苦労が多いんじゃないかな、と思いますが。
 

松本:
そうですね。前にも言いましたが、僕がまんがを描き始めたのは、水木先生のイラストの模写から始めたんです。そのあと、藤子先生や鳥山先生と色々模写してきました。物心ついてまんが家目指そうってなったとき、鳥山先生を意識していたんですけど、無意識の時は水木先生でしたね。
 
僕はまんが家になって妖怪ものを描きたいと思ってたんですけど、水木先生の作品を見たらこれ以上は描けない、これがあるからいいやと考えてました。だからまんが家になっても「水木先生好き」「妖怪好き」というのは公言してなかったんです。
 
京極:
なんでバレたんですか?
 
松本:
小学館社屋を建て替えるときに、旧社屋の壁にまんが家が落書きすることになりまして。そこで僕もイラストを描くことになりました。僕が水木ファンであることを唯一知っていた担当編集者さんに、「水木先生が見てるかも。水木先生タッチで描けば?」と言われて。「じゃあ」と描いたら話題になったんです。そこから段々とバレて…。
 
じつはデビュー前に漫画賞を取ったときも水木先生風の絵だったんです。でもコロコロで描く上で、このタッチは子ども向けじゃないと言われて…。
 
—コロコロは新人まんが家さんには、主戦は太く、きっちり描くように言っているので。
 
松本:
線も必ず止める。はらわない。水木先生ははらいが好きなので。
 
京極:
はらうどころか、途中で描くのやめたんじゃないかってケースも(笑)確かに水木テイストはコロコロ誌上ではあり得ないかも。そうすると、コロコロ用に修行されたんですね?
 
松本:
そうですね。
 

京極:
なるほど。水木絵から入って、コロコロで修行をし、そのコロコロでの修行の成果をもって鬼太郎を描いているんだ。これはすごい! それでちゃんと「鬼太郎」になっているんだ。いやあ、最初の水木絵のままだったら劣化コピーになるおそれもありますが、そうじゃないんだね。
 
 
 
 
松本:
そうですね。
 
京極:
コロコロで修行ということは、藤子先生の影響もありますね。
 
松本:
はい。やっぱり藤子先生のテイストもあります。ドラえもんのように「主人公のキャラクターが家に乗り込んでくる」という話に、僕もなってしまいます。
 
京極:
いいじゃないですか。水木さんもその手の話をいくつか描いていますけど、藤子先生のようなお話にならないんですよね。オバQなんか、まるで役に立たないけど、それなりに友情で結ばれて家族にも受け入れられるでしょ。
 
水木さんの場合「気持ち悪いから帰れ!」みたいな。なんてリアリストなんだ、と。確かに変な奴がきたらイヤだけど、そこはまんがなんだから(笑)
 
松本:
最高ですけどね。コロコロで描いちゃダメなんでしょうか?
 

京極:
ダメ……でしょう(笑)。「鬼太郎」は数多くの雑誌で掲載されていて、下は3〜4歳から上は90歳くらいまでがターゲットになってます。もうなんでもアリで全メディア制覇じゃないかなんて言ってたんですが、でも、コロコロだけは絶対無理かなぁと思っていたんですよ。
 
コロコロにはドラえもんがいますから。鬼太郎の入る隙間はないだろうと。
 
ところが、コロコロで修行をした松本先生がその技を使って描いてくれたからですね、ほら、別冊で表紙になったじゃないですか、鬼太郎が。
 
いやぁ、いい表紙になりましたね! でもコロコロコミックで「なめこ汁」食べている絵というのはあんまりないんじゃないですか?
 
—それは食べているカットで、とご依頼したところ、松本先生がなめこ汁を描いてくださったんです。
 
京極:
目玉おやじをなめこと間違えて捕まえて、目玉おやじが毛抜きでなめこを持っていますよね。これ、他のキャラクターではできないですよ。鬼太郎だからできるんですよ。
 
水木さんの絵とは全然違うんですけど、水木魂を感じますね。なめこ汁を表紙に持って……こないでしょ? 普通。でも鬼太郎なら許されますよ。水木さんも雑誌の表紙をたくさん描いていますけど、「なんでこの絵?」というのがあります。いや、絵は上手いんですけど。表紙ですからね…いや、そうしてみるとなめこ汁カッコいいですね。
 
松本:
ああ、ありがとうございます。
 
京極:
これは月刊コロコロと別冊コロコロの2本立てでやってほしいですね(笑)
 
松本:
本当に(笑)水木先生の鬼太郎エピソードを僕なりに全部やりたいくらいなんです。大好きな妖怪もいっぱいいます。
 
京極:
そうですか。水木先生もやり残されたことがいっぱいあるようです。原案や、アイデアもたくさん残ってます。活躍させたかった妖怪ももっともっといたんでしょうね。ぜひ、出してやって欲しいですね。

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