【小説】コロコロの初恋 〜コロコロライターの初恋『桜色の憧憬』〜【読者参加型企画スタート】

『桜色の憧憬しょうけい

文=石川裕二

中学校に入学したばかりの僕は、小学校からの親しい友だちと離れ離れのクラスになり、退屈な日々を送っていた。恋愛トークに花を咲かせる女子、ギャーギャーと叫んでクラスの注目を集めようとする男子。そのどれもが、自分とは無縁だった。

窓の外には、遅咲きの桜がまだ咲いている。散りゆく花びらの儚さに感傷的になっていると、隣の席の花小金井(仮名)さんが、左隣の男子と、じゃれている声が聞こえてきた。

「返してよ〜」

「いいじゃん、ちょっと触るくらい」

「だめ」

「見るくらいいいじゃん」

「だめだって!」

物静かな花小金井さんが、めずらしく語気を強くした。そして、“何か”を無事に守った花小金井さんは、次の瞬間、僕に話しかけてきた。

「ねえねえ、これあげる」

小さい手の平に乗っていた“何か”は、ヘンテコな顔をした“ヨガ人形”という手足の長い手縫いの人形だった。7センチメートルほどだろうか。今となっては、花小金井さんがどんな思いで、なぜ、僕にこの人形を渡してきたのかはわからないが、女子から贈り物をされた経験なんて、僕には初めてのことだった。

小学生の頃、Jリーグブームの時に女子が男子にミサンガを編んであげるのが流行ったが、それだってもらったことがない。僕は戸惑いながら「あ、ありがとう」と人形を受け取った。

それ以来というもの、僕は教室で花小金井さんの一挙手一投足を気にするようになった。触れたら消えてしまいそうな、雪のように白い肌。宝石のようにキラキラと輝く瞳。ショートボブのつやつやとした髪。小さな体、けたけたと笑う声、くしゃっとした笑顔。そのすべてに惹かれていった。

恋の始まりだ。男女関係に疎い僕にとっての、初恋だった。

給食の時間では、向かい合わせにご飯を食べた。教科書を忘れた時は、机をくっつけて一緒に勉強をした。ただ、悲しいかな、あまり話をした記憶がない。僕の一方的な恋だったのだろう。

一つ覚えているのは、健康診断で採血をした際に、花小金井さんが一人だけ遅れて教室に戻ってきたことだ。顔と唇が青白くなっていた。守ってあげたくなる存在とは、このことかと思った。
 
あっという間に1年生の時間は過ぎ去り、僕は中学2年生になった。クラス替えでは、花小金井さんと離れ離れになってしまった。お年頃とあり、クラスメイトの話を聞いていると「何組の誰と誰が付き合い始めたらしい」という噂話が流れていた。

花小金井さんも、誰か別の男のものになってしまわないかと、ヤキモキした。集会で、廊下で、花小金井さんとすれ違う度に、こっちを見てくれないものかとドキドキした。

転機は自然教室だった。消灯後の「好きな子、言い合おうぜ」というお決まりのやつだ。同じ部屋の友人が花小金井さんを好きじゃないと知って安堵すると同時に、「えー、芋臭くない?」と言われて、内心、憤慨したのを覚えている。

この時、僕が花小金井さんを好きだと公言したことで、クラスメートが彼女のことを見つけると「おい、裕二」と茶化すようになってきた。当時は「そんなこと言ったら、好きっていうのがバレるだろーが!」と嫌だったが、今となってはいい思い出だ。
 
ある日、悪友の竹内が、「花小金井さん告白計画」なるものを打ち出してきた。これには困った。告白して振られたら、もう終わり。二度と目さえ合わせてもらえない、と思ったからだ。しかし、周りの席の女子も「いいじゃん、いいじゃん! 告白しちゃいなよ! 手伝うからさ」と、無責任に計画を進めていく。

抵抗はした。一方で、ヨガ人形の件で「なくもない、かもしれない」という思いがあった。花小金井さんが僕に好意を持って、あの人形を渡してくれたのだとしたら。入学当初の、隣り合った席の位置が運命だったとしたら……。

ついに僕は、花小金井さんに告白する決意をした。ある日の放課後、人気のない階段に女子たちが花小金井さんを呼び出し、僕が告白するというプランだ。今までにない胸の鼓動の高鳴りを感じた。

階段の上で待つ僕。何をされるのかと怯える、「何さ、何なのさ〜」という花小金井さんの声が聞こえてきた。花小金井さんが、階段の踊り場にまで連れてこられた時、目が合った。花小金井さんは、目を丸くしていた。驚いているのだろう。怖い思いをさせてしまったという後悔が、一気に胸を襲う。

考えていた告白文句が、頭からすべてすっ飛んだ。

「好きです。付き合ってください」

僕は膝を震わせながら、かろうじて、その言葉をひねり出した。
 
一瞬の静寂。

返ってきた言葉は……。

「ま、松岡充が好きだから、ごめんなさい……」

松岡充とは、当時、人気を誇っていたSOPHIA (ソフィア)というバンドのボーカリストだ。甘いマスクと歌声が特徴で、垢抜けない僕とは大違いの存在だった(※なんて書いていたら、27日に活動再開を発表。なんてタイムリーなんだ)。

「松岡充が相手じゃ、しょーがねーよ」

いたずらに笑いながら竹内が言う。

バカ、この野郎。おれはもっと、ゆっくりと大切に、花小金井さんとの関係を築いていきたかったのに。でも、チャンスがあった1年生の時に何もしなかったのだから、これで良かったのかもしれない。そう思うことにした。そう思い込むしかなかった。僕の初恋は終わった。

時は過ぎ、成人式の日。僕は花小金井さんに「ツーショットを撮ってください」とお願いした。松岡充とまではいかずとも、あの頃よりも垢抜け、成長した僕にならチャンスがあるかもしれないと思ったのだ。

……が、「え〜! ムリ〜」とけたけた笑いながら言われた。

お、おれ、花小金井さんに何かひどいことしたっけ……? ツーショットも撮ってもらえないのか!? いや、もしかしたら彼氏がいて、彼に悪いと思って、断ったのかもしれない。そんな一途さが、やっぱり魅力的なのだと思った。

余談だが、花小金井さんは女優の菅野美穂氏に似ている。同氏をテレビで見る度に、僕は花小金井さんのことを思い出す。そして、もう叶わない恋を思っては、胸がぐっと締め付けられる。初恋とは、そういうものなのだろう。

宝物のようにキラキラと輝く眩しすぎる思い出。透明なのに鮮やかで、手の平からこぼれ落ちていく結晶のようなーー感傷的すぎるだろうか。37歳になった今、こんな風に記事にするなんて、未練がましいだろうか。それでも、彼女のことが好きだった。大好きだった。花小金井さんとの思い出は、心のなかで、散ることのない桜のように咲き続けている。

桜色の憧憬。それを、誰かに見てほしかった。だから、「コロコロの初恋」という企画を立ち上げた。自分と同じような思いの男子が、他にもいるかもしれないと思ったのだ。この記事が、1本目の桜の木となれば幸いだ。




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